匿名座談会 情シス必要・不要論~西の陣~

2018年12月28日 (1/2)

今回は従来のコラムと趣向を変え、情シス必要・不要論について大阪の運営委員の皆さまに語っていただきました。

まずは、システムに対する皆さまのお立場を教えていただけますか。
Aさん大手SIerの営業です。
Bさん社内システムの運用管理及び、サポートデスク、ヘルプデスクの担当です。
Cさん総務部に所属し、情報管理課の課長も兼務しています。西日本支社のOA関連の総括をしております。
Dさん一応システム管理課という部署にいますが、PC周りのお世話係というのが一番しっくりくるかな。
ベンダーさんとの橋渡しも任されたり、通信環境の管理をやったりしています。

今回は「情シス必要・不要論~西の陣~」というテーマですが「情シス不要論」という言葉に対して、実際にどう思っていますか?
Bさん私の個人的な見解ですが、あれはメディアの煽り文句だと思います。
メディアの煽り文句にベンダーが乗っかって、今までは『情シス』にしか売り込まなかったけれど、事業部とかユーザー部門に直接営業攻勢をかけるための方便に使っている、という印象を私は持っています。

なるほど。SIerであるAさんはどうですか?
Aさん 僕としては、うちの会社の中では「情シス不要論」という言葉が騒がれていないのであまり分かっていないのですが…
事業部訪問自体がITを選ぶのは全然間違っていない、ただしITの細かいところを分っていなかったりするので、仲立ちをお客様の中でして貰わないといけない。
そのためには『情報システム部門』がないと、こちらが伝えようと思ってもなかなか伝えにくいので、最終的には必要なのかなって思っています。
Cさん『情報システム部門』は通訳ですね。営業とシステム屋さんの通訳としては必要ですよ。
BさんCさんはまさに八面六臂でいろいろやっていますけど、「(情報システム部門は)なくてもいいよ」と言われたら「じゃあそちらでお願いね」と言いたくなりますよね。
Cさんまぁそうなんですけれども、話をもう少し戻させてもらって。
『情シス』が不要かどうかというのは、ユーザーの話を聞かない『情シス』はいらない、自分達だけでどんどん進んでいくような『情シス』はいらないと思います。
Dさんそういう話、最近ちらっと聞きましたね。
Cさん 『情シス』はね、一般的に考えたら絶対に必要ですよ。
やっぱりベンダーさんのようにプロと会話できるような人と、プロと実際に仕事をしているユーザーさんとは世界が違うので、言葉・言語が違うのですよ。だから絶対に会話が噛み合わない。そこを通訳できる人は必ず必要、それが『情シス』だと思うんですね。
だから『情シス』は必要、けれど、ユーザーの声を聞かない『情シス』はいらない。
Aさんただそこまでなった時に僕らベンダーがどこまで必要かっていう話もある。正直ほとんどいらなくなると僕は思っているんですよね。
Cさんベンダーはプロだから、我々の知らないこと知ってるから必要でしょ。
Aさんそう思うじゃないですか、でも僕らは今居る価値がないんですよ、実を言うと。それで社内が問題になっているくらいで。居る価値ないのに仕事をしている、これが現状。
Cさんでもユーザーさんからしたら、ベンダーは価値がある人なのでは?
Aさんそう思うじゃないですか。じゃあなんで僕らSIerのことを選んでくれるのかっていうと、A社の製品をご提案するとか、B社の製品をご提案するとかはもちろん出来るとは思うのですが、悲しいことにそれってそのベンダーしかできないという訳ではない。
なので何故、僕らITベンダーがいる必要があるのかっていう話が結構出てる。
Cさんそのベンダーさんを選ぶのは営業さんの力じゃないの?
Aさんそうですけど、やっぱり更新の基準であるとかIFRS対応とかの状況になると、いる必要性がないって言われているので。なのそこで僕らITベンダーが必要なのか説明しきらないと、結果的に売上も計上できない状態になっているんですね。
それが今の僕らの状況で。なかなか難しいところではあります。
Cさん市場が必要だと思わなければ淘汰されるでしょう。でもちゃんと今、存在するわけですから。
Aさんその淘汰が今始まってるのですよ。
Bさんそういうことも含めて新たなマーケットを作らなきゃいけないし、売らなきゃいけない。
キャッチフレーズは絶対いつの時代も要る、そこでメディアが目をつけたのが本当に情シスは要るの?っていう「情シス不要論」の謳い文句なんですよね。
Cさん『情シス』の代わりに我々がしましょうって言うことですよね。
Bさんいや、それもありますが、時代の流れをずっと見ていくと分かるんですけれども、振り子は行ったり来たりしてますよね。
まだ汎用機しかなかった頃はやれることが限られてたし、お金も潤沢にあって時間もゆっくり流れてたので、ベンダーさん、『情シス』、ユーザーの間でゆっくり調整してやっていたんです。
それがオープン化に大きく振れて、とにかく早く結果を出せ、手っ取り早く結果を出さなきゃいけないという事で。

もう一つはPCが入ってきた。PCが単体で入っていれば良いんだけど、ネットワークに繋がっちゃって。セキュリティの問題もあって、結局目先の山のように増えたPCの面倒だけ見なきゃいけない。
そちらの仕事にフォーカスして、昔の「業務を改革するんだ」とか「新しい計算機を使って業務を改革するんだ」っていう頃と比べるとずっと忙しくなっちゃって、目先のことだけにとらわれちゃったんですね。そしてユーザーが置き去りになってしまって。
ユーザーから見たら(情シス部門は)自分の言うことを聞いてくれないし、何か提案してもすぐに「あれはできません、これはやってはいけません」となって、結局ユーザーの不満が高まってきた。

ということで今度またユーザーが自分達のやりたいことに振ろうとしているんですけど、そこで「『情シス』なんかいらないじゃん。あの人達がいなくても自分たちでできるし」となって。特に最近は技術的にプログラミング言語なんて知らなくてもある程度のことはできちゃう。
そういういうことで、振り子がまた別の方向に振れだしたのかな?それにメディアが乗る。
あと、売り上げを上げたいベンダーも、今までは『情シス』だけしかターゲットがなかったんだけども、他のところにも別の商売があるんじゃないか。じゃあ「情シス不要論」みたいなものを利用しようか…といった思惑も絡んで、ここ2、3年で言葉が表に出てきたかなという印象を持っているんですよ。
Aさんいま話を聞いて思ったことをまとめると、昔はいわゆる集中型でセンターにホストコンピューターがあって、そこで全部計算させて返ってきたものを処理していた。そのあと分散型というのが今の状況ですよね。
分散型っていうのは、あきらかに個々の端末、PCの性能がよくなってきたから、この前までセンターでやっていたものが全部自分のところで処理できるっていう。
それからいわゆるVDIで一回集中型に戻ろうとしていたんですけど、悲しいかなスマホとかタブレットとかiOS・Androidの台頭のおかげで、その分散化が集中化に向かわず逆に分散化をさらに広める状態になっているのが現状だと思うんです。
なので、会社として管理をしようと思ってもなかなか行き届いてないのが現状。だからシャドーITっていう言葉も生まれていると思うんです。
Bさんただ、シャドーITも情シスからいうと「ごめんなさい」って思うところがあるんですよね。まさにCさんなんかがよく言っておられる、現場は不満の塊なんですよね。「なんでこんなことしなきゃいけないの」っていう。
パスワード一つについても、こっちにログインするときにはあのユーザーIDとパスワード。今度は「交通費やろう」と思ったら、また別のユーザーIDとパスワード。これ一つとっても、ユーザーにとってはストレスの塊じゃないですか?それで、なんとかしてと(情シスに)頼んでも、「いや、これはコンプライアンス上仕方ないんです」とか言われて。
Aさん「システム上そういう仕様です」とか。
Bさん「予算がありません」とかね。それだったら少し頑張れば自分でも作れるって思われても仕方ないですよね。

なるほど。Dさんは比較的と現場と距離の近い『情シス』かと思うのですが、「情シス不要論」という風潮が出ていることに対してはどうお感じですか?
Dさん世間的にそんなワードが出ていることは正直知らなかったというか、このPCNWの場で初めて耳にするという感じで。
私以外の今の自社の社員のことをいうと、正直(システムに)興味が無いんですよね。自分の目の前の仕事にしかたぶん興味が無いので、システムがどうであれ、普通に仕事ができればいいよっていうくらいの。なんなら20年先も今の感じでいいよっていう会社なので、そういうワード(情シス不要論)が出てたんだなっていう感じで受け取っています。
Aさんたぶん「情シス不要論」っていう言葉自体だけで言うと、経営者には響きがいい。
Dさんやっぱり「情シス不要論」の中身見ていくと、半分はスミマセンって思うことも中にはある。例えば抵抗勢力が出るんじゃないの?とかセキュリティとかガバナンスを怠ってるぞとか、そういう側面は無きにしも非ず。やっぱり申し訳ないと。
先程お話した通りで、経営者含め周りの社員たちも(システムに)興味がないんですね。なのでどうせ理解されないよねと、半分拗ねながら仕事しているところはあるかなと(笑)
Bさん今はあるでしょうね。
Dさんなので、そういう背景の私は結構好きかってやらせてもらっているんですけど。いずれどこかで「(情シス)要らないんじゃないの」っていう話が出てくるかなって危惧はやっぱりある。
Cさんうちの会社は『情シス』に関しては中枢じゃなくてトップが言いますよ。
Dさんそうやってトップが言って動いてくれるというか、社内的にもそれを中枢として動いてくれるようなトップだといいんですけど。言いっぱなしというか、中枢と言いながら例えばあまり投資のことを考えてなかったりとか。
Aさんまあ一般的な企業的で言うと、そういう方の数は多いでしょうね。
Dさん事業部門の設備を入れ替えるのが先だとなってくるんで。
Bさんよく我々の勉強会で話題に挙がるんですけど、一般企業の経営者から見たら『情シス』って単なるコストセンターなんですよ。価値を生んでないと思われてるんですよ。日常、パソコンやネットワークの面倒見てるだけじゃないかと風に思われちゃってるんですよ。

だけど、これは我々(情シス)は耳の痛い指摘だと思わなきゃいけないはずなんです。バックログ山のように抱えて、設備の更新もやらなきゃいけないし、限られた人数でトレンドも追いかけなきゃいけないしっていう忙しいのは判るんだけども、本来我々がやらなきゃいけないのは、それもやりつつの経営者を動かして、「『情シス』は中核ですよ。情報を握っているものが世界を制するのですよ」ぐらいのことで経営者を啓蒙するくらいの力量を持ってなきゃいけないんですね。

また昔の話になってしまうんですけども、その昔の汎用機の大手のユーザーを担当している筆頭SEというのは業種や顧客先の企業について、経営トップよりもよく知っていた。現場の情報の流れ、仕事の流れ、ここでどんな情報が発生してそれがどういう風な経路で最終的に処理されているっていう流れまで全部。
まぁ昔は伝票ベースで非常に業務が単純だったっていうのも十分あるんですけれども、それも含めて全部理解していました。だから現場の業務サイドの人の話も分かるし、『情シス』の人の話も分かるし、決算数字まで頭に入ってますから、経営者に対して「この調子だったらこのシステムはあと何年しか使えませんから、この辺でリプレイスしましょう」ということまで提言できる人ばっかりだったんです。
昔はサイクルが長かったんで、ゆっくりできたんです。

ところが、オープン化の流れになってからベンダーもそういったSEをゆっくりと育てる余裕もなくなったし、いろんな意味でそういったスーパーSEはいなくなりました。そういったスーパーSEは今何やってるのかって言ったら、たぶん大学で教鞭取ってます。ないしはコンサルタントになってます。
Aさんコンサルが多いですね。
Bさんそれくらいの人たちが昔は『情シス』が不要にならないように仲立ちをしてたんですね。中核になって。そういう業務もいま我々自身できていないところがあるので、それは反省材料です。
七分間の奇跡で有名になった新幹線の清掃会社の話がありますが、あそこの会社は自分たちで自分たちの価値を上げましたよね。ビジュアル化して、徹底して自分たちのスキルを磨きあげて、しかもそれを発信して見せることによって、自分たちの社会的な価値をガーンと上げましたよね。
だからあれと同じことを我々(情シス)もしないと、不要と言われても仕方ないかなという気はしてますね。
Aさんアピールをしてないのが現実ですね。
Bさんだから少なくとも経営者には見えていないんですよね。

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